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フェンタニルとの闘いの進展

Adam Sanford
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フェンタニルとの闘いの進展

フェンタニルは、最大でモルヒネの100倍、ヘロインの50倍の効力を有する、即効性のある鎮痛剤を目的とした合成オピオイドです。比較的低コストであることから、多くの場合フェンタニルはヘロインやコカイン、そしてメタンフェタミンなど他の物質と混合されます。しかし、フェンタニルは少量でも命にかかわる場合があるため、意図しない過剰摂取を引き起こすことがあります。2015年以降、フェンタニルとその類似物質が米国における薬物関連死亡事故の主な原因となっています。

フェンタニルは公衆衛生の重大な緊急事態を引き起こしています。米国議会両院合同経済委員会でCDCの方法論を用いたところ、2020年のオピオイド危機の経済的影響は推定1.5兆ドルとの結果が出ました。これには治療、予防、そして法の執行などが含まれています。その一方で、新しい科学進歩によって、優れた鎮痛剤の開発や、副作用の軽減、そしてワクチンの開発などがもたらされ、将来的に死亡者数を減らせる可能性もあります。

図1: 米国の全年齢層における薬物関連の過剰投与による死亡者数

フェンタニルの呼吸器への影響

まず基本的に、フェンタニルは脳内のオピオイド受容体の一群であるµORに結合することで作用します。これらの受容体は、痛みの知覚や気分、そして呼吸に関わっています。フェンタニルがこの受容体に結合すると、多幸感、錯乱、鎮静などいくつかの作用を引き起こします。しかし、この中でも最も危険なのが、呼吸の抑制と停止、意識障害、昏睡、そして死亡です。

フェンタニルの致死量(2mg)は非常に少量で、粉末状態では鉛筆の先よりも小さく見えます。さらに憂慮すべきはカルフェンタニル(フェンタニル由来の危険な類似体)です。フェンタニルより100倍強力で、致死量はわずか0.02mg(食塩数粒相当)となっています。

図2: ヘロイン(左)、カルフェンタニル(中)、フェンタニル(右)の致死量  画像提供: 米国麻薬取締局(DEA)- クリエイティブ・コモンズ・パブリックドメインでの使用
オピオイド系薬物 致死量 比較ビジュアル
ヘロイン 30-100* mg 小粒のビーズ
フェンタニル 2 mg 鉛筆の先端
カルフェンタニル 0.02 mg 食塩数粒

​*致死量は体質、服用期間、そして付加物質により変化する場合があります 

安価かつ容易に得られる類似体が更なる課題に

フェンタニルの製造は比較的低コスト(1kgあたり1000米ドル以下)ながら、末端価格はおよそ50,000米ドル~110,000米ドルと高額です。そのため犯罪者にとって非常に収益性の高い薬物になっています。また、フェンタニルはヘロインやコカインなど他の薬物と容易に混合できることから、さらに強力で中毒性が高まることもあります。

薬物の売人は、当局による発見を回避するために、よくフェンタニル類似体を合成します。それらは化学的にフェンタニルに類似しているものの、若干構造が異なっています。これにより、識別や追跡がより難しくなります。

1,400種類以上の類似体が、科学文献で報告されています。そのため、法執行機関がフェンタニル製造の最新動向を把握することが非常に困難になっています。

フェンタニル類似体は非常に強力なオピオイドで、しばしば違法薬物に使用されています。規制薬物として42種類ほどのフェンタニル類似体がリストに登録されています。これらには、モルヒネより600倍強力なアルフェンタニル(CAS RN®. 71195-58-9)、モルヒネの1万倍の効力があるカルフェンタニル(CAS RN. 59708-52-0)が含まれます。その他、違法薬物の過剰摂取を引き起こす一般的フェンタニル類似体として、アセチルフェンタニル、ブチルフェンタニル、フラニルフェンタニルなどがあります。最大の死亡者数の原因となっているのがカルフェンタニルです。

図3. フェンタニルとさまざまな類似体、およびそれぞれのCAS RN®番号。青色の部分は、類似体間の官能基または化学構造における相違点を示しています。

過剰摂取の最新の治療法「ナロキソン」 

フェンタニルを摂取または媒介された場合、過剰摂取を防ぐための最善の方法は、ナロキソン(商品名「Narcan」)を使用することです。現在さまざまな商品名の注射剤と点鼻薬が利用可能です。最近承認されたこの市販薬は、フェンタニルや他のオピオイド系薬物の過剰摂取から速やかに回復させます。通常、過量投与すると鎮静が起こり、呼吸数が減少し、呼吸性アシドーシス(肺が二酸化炭素を排出できなくなること)が増加します。ナロキソンは、同じ神経学的受容体(μOR)に付着することで、フェンタニルまたはその類似体を置き換え、5分以内にフェンタニルの効果を反転させます。モルヒネと異なり、フェンタニルの作用を完全に消失させるには、10倍近い量のナロキソンが必要となります。

将来的にはワクチンで過剰摂取の予防も 

  1. ナロキソンは、オピオイドの過剰摂取を回復させる薬です。ただし、2つの課題があります。
  2. 投与する者は、投与される人が確実にオピオイドの過量摂取している、と認識している必要があること。投与は、過量摂取後できるだけはやく行う必要があること。

ワクチンを開発すれば、過剰摂取を未然に防ぐことができる可能性があります。最近、科学者によるオピオイド使用障害に対するワクチン開発で、大きな進歩がありました。このようなワクチンは、対象となるオピオイド(フェンタニル、モルヒネなど)に構造的に類似したハプテンと、免疫反応の誘因が可能な輸送タンパク質を組み合わせた設計となっています。

オピオイド特異的ワクチンの投与により産生される抗体は、摂取したオピオイドを捕捉し、中枢神経系(CNS)等に到達しないよう作用します。これにより、身体は報酬経路の活性化と、それによる薬物依存の発生を回避できます。オピオイドワクチンの潜在的な利点は、ナルトレキソン蓄積注射などの他のオピオイド治療法よりも抗体による作用期間が長いということがあり、そしてその結果、患者の薬剤服用順守の向上につながる可能性があることです。

現在積極的に研究されているワクチンは、フェンタニル、カルフェンタニルをはじめ、カルフェンタニル/フェンタニル、ヘロイン/フェンタニル、ヘロイン/オキシコドンなどの組み合わせを対象とした1価および2価のオピオイドワクチンなどになっています。これらのワクチンは、高リスク群の人、医療従事者、救急隊員などに投与することで、より予防的な解決策となり得ます。

図4: オピオイド使用障害の治療のためのオピオイドワクチン接種に対する関心の高まり。

将来の鎮痛剤で副作用を軽減させるには 

米国の場合、フェンタニルによる若者の薬物死亡は、ヘロイン、メス、コカイン、ベンゾ、そしてRxドラッグを合計したものよりも多くなっています。そこで、より安全で呼吸抑制のリスクが少ないオピオイドの開発は不可欠となります。主要オピオイド受容体の結合ポケットや構造情報、そして下流のシグナル伝達に関する理解が進めば、より安全なオピオイドの開発が可能になり、望ましくない副作用を減らせる可能性があります。

結合ポケットが呼吸器系への影響を軽減できる可能性 

フェンタニルとその類似体は、モルヒネや他のμORアゴニストとは異なる下流のシグナル伝達分子を漸増する能力があると、長い間考えられてきました。偏ったシグナル伝達と呼ばれるこの能力は、フェンタニルやその類似体に関連する副作用の効力が増す理由と考えられていました。

演算による研究では、柔軟なフェンタニル分子はμORの結合ポケットで結合姿勢を取れることが明らかになりました。これは、固定されていてかさばったモルフィナン類似体ではできないことです。従来より、μORにおけるフェンタニルの相互作用については、限られた構造情報しか得られていませんでした。

下流シグナルからの機能選択性 

ところが、最近ある研究者グループが低温電子顕微鏡を使ってフェンタニルとモルヒネに結合したµORの構造を明らかにしたことで、状況が一変しました(図2B)。これらの構造を解析した結果、フェンタニルはモルヒネが利用できないオルソステリック部位付近の二次結合ポケットを利用していることがわかりました。フェンタニルが呼吸抑制を引き起こすのは、フェンタニルがμORに引き起こす構造変化に関連しているためであり、それによってβ-アレスチンの動員が可能になることが示されました。β-アレスチンとは、その活性化によって呼吸抑制を引き起こすことがあるシグナル伝達タンパク質です。  

今後の展望 

近年、オピオイドの過剰摂取の減少を目指した予防の取り組みが注目されています。これには、公共教育キャンペーン、ナロキソン配布プログラム、そしてオピオイドの供給を標的とした取り締まりの取り組みなどが含まれます。また、米国連邦政府も予防の取り組みに多額の投資を行っています。ホワイトハウスの国家薬物統制戦略(麻薬管理政策局、ONDCP)は、メンタルヘルスケアへのアクセス向上、そしてオピオイド中毒の予防と治療に50億ドルを投資することを発表しました。

オピオイド中毒と過剰摂取の高いコストは、公衆衛生上の大きな課題となっており、これらの悲劇を防ぐため更なる対策が必要です。フェンタニルの危険性に対する認識を高め、ナロキソンをより広範囲に利用可能にし、そしてこの薬物の米国への流入を阻止するといった従来の取り組みは、新たな科学ブレークスルーによって加速させることができます。そしてそうすることにより、今後は新たな製剤をはじめ、より少ない副作用や、予防的保護のためのワクチン開発などにつながっていくことでしょう。

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