ポリエチレングリコールの持つ力
ポリエチレングリコール(PEG)とは、柔軟性が高い無毒な親水性ポリマーで、パーソナルケア製品から医薬品の製剤まで、幅広い用途に使用されています。PEG脂質は、ドキソルビシン、イリノテカン、シスプラチンなどの抗がん剤や、ビオンテック社・ファイザー社、モデルナ社が開発した低分子干渉RNAパチシランおよびメッセンジャーRNAワクチンなどの脂質ナノ粒子(LNP)製剤に広く使用されています。PEG化された医薬品の修飾は、網状内皮系によるクリアランスの減少、循環時間の延長、薬物動態の改善、そして薬剤の有効性の強化のために広く実施されている方法です。
ところが、研究ではPEG化ナノキャリアに対する予想外の免疫反応が報告されています。さらに、PEGを含有する多くの製剤に関連して、アナフィラキシーを含む過敏症反応も報告されています。本記事では、薬物送達の効率に関連して、PEG脂質のさまざまな構造パラメータがLNPの免疫反応および活性にどのように影響するかを探ります。
PEG化タンパク質研究に対する関心の高まり
PEG化タンパク質のグローバル市場は、今後5年間で大幅に拡大し、2028年には21億ドルに達すると推定されています。このPEGの成長は、世界的ながん罹患率の上昇が主な要因ではあるものの、他の疾患領域においてもこの技術はどんどん採用されるようになっています。
PEG化LNP製剤は、さまざまな疾病や疾患に対する治療法として幅広く研究されており、またCAS コンテンツコレクション™でも広範囲に取り上げられています。LNPの応用のほぼ3分の2(64.5%)はがん治療のためで、他にも目立ったものとして抗炎症薬(4.5%)と抗ウイルス薬(3.9%)などがあります(図1)。
ポリエチレングリコールは、免疫原性が低いとされています。しかし、特にタンパク質やナノキャリアなどの他の物質と結合した場合、免疫原性反応を引き起こすというエビデンスが増えつつあります。興味深いことに、抗PEG抗体は、PEG化治療薬の全身投与を受けたことのない一般の方の体内にも認められることがあります。さらに、PEG修飾化合物の中には、ポリエチレングリコールに対する抗体をさらに誘導するものがあるため、薬効と安全性に悪影響を及ぼす可能性があるのです。
米国ではこれまでSARS-CoV-2ワクチンのブースター接種が5,000万回以上投与されました。そんな中、PEG化LNPを含むポリエチレングリコールの免疫学的安全性に関していくつかの疑問が生じてきています。ファイザー/ビオンテック社(Cominarty®)およびモデルナ社(Spikevax®)のCOVID-19ワクチン投与直後に、少数の人(2022年4月現在、100万人あたり2.5~4.7人)でアナフィラキシーの発生が報告されました。CAS コンテンツコレクションのデータでは、2021を含む同年までにおいて、PEG脂質とその免疫学的副作用に関連する文献数は年々増加していることが示されています(図2)。
PEG化の免疫原性を理解する
Accelerated blood clearance(血中クリアランスの促進、いわゆる「ABC現象」)は、PEG複合体物質で観察される予期せぬ免疫原性反応で、それによりPEG化ナノキャリアの急速なクリアランスが起こります。ABC現象は連続投与で広く観察されており、その結果PEG複合体物質とナノキャリアの有効性が低下します。
もうひとつの予期せぬ免疫反応として、CARPAと呼ばれる過敏反応があります。これはPEG化ナノキャリアの安全性を著しく低下させ、臨床試験におけるPEG化治療薬の有効性低下との関連性が指摘されています。CARPA現象は、補体系の活性化により引き起こされる非IgE介在性の偽アレルギーと分類されます。
ABC現象やCARPAなど免疫学的に引き起こされる有害事象とPEG化との関連性は、CAS コンテンツコレクションのデータによって裏付けられています。そこでは、これらの有害事象との関連性を示す主要概念はPEG化であることが強調されています(図3)。
PEG脂質構造のポリエチレングリコールの部分には、非常に高い親水性、弾力性、そして流動性があります。PEG脂質の化学構造(図4)は、LNPの安定性向上に寄与しますが、安全性と有効性に影響を及ぼす可能性もあります。
- PEGの長さは、免疫学的な安全性に影響を与える重要な構造因子です。その効果は二相性であるようで、長鎖および短鎖いずれのPEG複合体もABC現象を誘発しやすいことが示されています。
- PEGの長さのように、PEG密度(LNP中のPEGの割合)も二相性を示しています。しかしながら、PEG密度が低い場合と高い場合のいずれでもABC現象の低減が示されます。
- PEGの構造の違いも影響を及ぼす可能性があります。分岐したPEG脂質結合体は、直鎖のPEGよりもLNPに高いステルス性を持ちます。
- PEG粒子鎖に付加された末端官能基も、その免疫原性とクリアランス率に影響を与える要因です。
- また免疫原性は、大きさと表面電荷などのパラメーターにも影響されます。例えば、マイナスに帯電したリン脂質からなるPEG化担体は、補体活性化を介して、帯電していない小胞よりも免疫系を強く刺激します。
- PEGの部分と同様に、脂質の疎水性鎖の構造と長さも、免疫原性効果の程度だけでなく、有効性に影響を与える場合があります。
- 特定の脂質アンカーグループを利用することによって(例えばアンカーグループとしてコレステロール)、循環における透過性が長く、そして全身バイオアベイラビリティが高いPEG化LNPが得られます。
- 脂質結合は、脂質設計と性能における重要なパラメーターです。例えば、カルバメート結合の代わりにエステル結合を用いることで、不安定な小胞の形成が可能になります。
医薬品におけるポリエチレングリコールの安全性と効率性の向上
PEG化は、良好な薬物送達システム開発に向けた医薬品ナノキャリア修飾の標準となっていますが、免疫安全性は、LNPなどナノ医薬品の現時点の研究開発における重要な課題になっています。実際に、現在ClinicalTrials.govに登録されているPEG化脂質の安全性を検討する臨床試験は200以上存在します。主要なのは各種固形がんにおけるPEG化リポソームドキソルビシンおよびmRNA SARS-CoV-2 ワクチン(Comirnaty®およびSpikevax®)です。
研究者と臨床医の双方にとって、新規の薬物送達担体を開発する上でも、また最高の治療効果を確保するために投与経路や注射スケジュールを調整する上でも、抗PEG抗体産生が影響を受ける要因を理解することは極めて重要です。
ポリエチレングリコールの免疫原性の問題を解決するために、ポリ(オキサゾリン)、ポリビニルアルコール、ポリ(グリセロール)などさまざまな代替ポリマーが検討されてきました。それぞれにおいて実証済みの効果が確認されてはいるものの、LNPの薬物動態性能を向上させるという点ではPEGに勝る薬剤は依然として見つかっておらず、またそれらにはそれらで過敏症のリスクも存在しています。現在は、双性イオンポリマーや親水性ポリマーなど、ポリエチレングリコールのステルス性を模倣する他の代替ポリマーが開発中になっています。
最近の研究を通じて免疫原性の要因の多くが解明されつつあるものの、ナノ医薬品の免疫毒性学は、ナノテクノロジーや免疫学、そして薬学が広く交差する、まだほとんど明らかになっていない研究分野です。この分野における知識が向上すれば、望ましくない免疫反応も少なく、またPEG化薬剤の安全性と有効性も強化された最適な製剤処方が開発できるようになります。
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